紅茶
さいきん、いやに心がどきどきしていて、なんだか落ち着かない日々を送っていた。本を開いても30分経つと文字が浮かんでは逃げていく。ああこれは、と思い、あしたは朝早く起きて出かけよう、そう思った。
いつもより早い電車に乗り込み、目的地に着くと、慣れない動作で腕時計を確認する。講義までは充分に時間があるな。さて、と歩き出す。東京の人は何かとこわいので、私はいつもやわらかいものを纏って人の間を縫っていく。
都会の騒ぎに似合わない、堅苦しい扉を押して店内に入る。今日は貸し切りか、と思いながら窓際の椅子を引く。注文は電車の中で決めていたのでメニューは見ない。
「ハッピーバレーはありますか」
「申し訳ございません、今年は入荷が遅れております…」
「そうですか。では、似たものをください」
そう言って出てきたのが、アンブーシアというお茶。
ハッピーバレーは夏摘みのものしか飲んだことはないのだが、まるで深く煎ったヘーゼルナッツのような、独特の香ばしさが楽しめる種類である。私はこのお茶が好きなのだ。
それに対してこのアンブーシア(これも夏摘み)は、すっきりとしてはいるのだが、風味がパリッとしていて、まるでウーロンに近い後味のように感じられた。例えるなら、小春日和にて俄かに吹く冷たい風のよう。あたたかさに鋭利な香りが突き刺さる。なかなか悪くない。
そろそろハッピーバレーが入荷されるということなので、また近いうちに来店するつもりだ。そのとき、またこうして文章にしよう。私は非常に忘れっぽいのだ。